Dプラス スタッフblog

「医師の生涯のパートナー」を目指します

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老女

   

あれは、11月にあった日本臨床麻酔学会の最終日でした。

機器展示場でのブース撤収を終えて、小倉駅に着きました。
ロッカーに荷物を入れている間に、社長・同僚とはぐれて
しまって、一瞬、小倉駅の周りで途方に暮れそうになり、
ん~~と考えていたところ、手元にある北九州空港のVIP
ラウンジ無料券があるのに気付きました。私は一日延泊し
て博多空港からの飛行機を取っていたので、このチケット
は勿体ない、誰かにあげて有効活用して貰いたいと思い
たって、小倉駅周辺で知り合いのドクターに会えないかと、
歩き始めました。北九州空港を利用するドクターがいれば
差し上げよう(貰って欲しい)と思ったのです。

小倉駅の近くを足早に歩いている時、ふと、左前方に小柄で
背格好が自分の母くらい、白髪の老女が目に留まりました。
気になってよく観察していると、次々と自動販売機を目が
けては、そのつり銭箱をチェックしています。自分も小学校
の頃はよくやりました、つり銭箱に運がよければ百円、又は
十円、そして自動販売機の下には忘れ去られた小銭がたまに
見つかりました。

その老女は、一つ目の自動販売機、ふたつ目の自動販売機、
三つ目、、、、とつり銭をチェックしながら歩いていました。
あ~~、今日の食事もおぼつかないのかもしれない、、、、

自分は東京都杉並区に住んでいますが、仕事に追われ、家を
追われ、住所も電話もなく、自分を諦めたように段ボールで
暖を取ってかろうじて生きている人達を、新宿駅周辺でよく
目にします。報道その他、色々な情報から、それなりの理由
のある方々が殆どで、決してはじめからそのような境遇に
甘んじるような方々ではないようです。

老女の後ろ姿を見ているうちに、せめて今日くらいは美味
しいものを食べて欲しいという思いが出て参りました。
こんなことをして、逆に怒られるかも、良い人ぶってると
笑われるかも知れないとも思ったのですが、最近、自分の
直感を信じることができるので思い切って食事代くらいは
渡そう、と決意しました。財布をみると、ここ数日カード
が利かなかった為に手持ちが少なく、財布に4千円しか
入っていません。それでも、これだけでもと思って千円を
手にして、老女の背中から声をかけました。

そのいでたちは、道端で寝起きしていたような正視でき
ないもので、どこかで見つけたようなリュックサック、
そして、左手にビニール傘、寝食の見通しがついていない
様子は明らかです。

思い切って声をかけました、「お姉さん」と。

相応の年齢に達した女性に対して声をかける時は、相手が
何歳であっても、何があっても「お姉さん」と呼びかける
ようにと、と躾けられています。
(おばさん、おばあさんはNGです)

「お姉さん」と呼びかましたら、老女は振り返りました。
そして「なに?!」というニュートラルな表情です。年の
頃は70歳前後と思います。自分はひるまず「お姉さん、
もし良ければこれ使って!」と三つ折りにした千円を出し
ました、老女は「えっ、いいの?」と、直ぐに返しました
「いいんですよ、是非。」そしたら、ふっと表情が和らいで、
ニコッとして「ありがとうね。」と受け取ってくれました。
その場にいるのもバツが悪くって、すぐに振り返ってその
場を去ってしまいました。

思い返すに、あの言葉使い、その所作から、決して出自から
あのような境遇の方では無いはずだ、むしろ品のある感じす
ら受けたので、育ちはそれなりの方ではなかったのかと、
ああいう方でもこういう状況になることもあるのだな、、、、

自分の母親だったらいたたまれないな、、、、でもあの方も
誰かのお母さんだろうな、、、と思うと胸がいっぱいになり
ました。

自分にとっては、コーヒー二三杯、または昼食一回分の千円
かも知れませんが、今日の彼女にとっては、とても大きい
価値かも知れません。また、自分が使うお金の価値として、
欲にかられた些事で須臾に消える千円もあるなかで、あの
老女の素敵な笑顔を頂いたこの千円の価値の大きいことよ、
と思いました。

こんなに価値を感じた千円の使い方ははじめてかも知れません。

自己満足とか、自己欺瞞とか、それなら毎度やってみろとか、
そういう誹りを受けるのは百も承知ですが、あの時、あの瞬間、
たった千円ですが、老女と心が繋がって、心からの笑顔を頂け
たのは、自分の小さな宝物となりました。そういうタイミング
を頂いた天に感謝したい気持ちです。

彼女が、自分の母であったら、又はあなたの母であったら、
そんなこと位ではすまないのは、どなたも分かってくれる
ことと思います。

日本臨床麻酔学会は、いい経験を与えてくれました。

 - コンサルタントR