泥舟
2016/07/13
ペインクリニック学会の初日(7/8)でした、Dプラスで出展して
いるブース前を颯爽と行く50代とお見受けする先生(R先生)が
いらっしゃいました。お声を掛けたところ、立ち止まって当方の
説明を丁寧に聞いて下さいました。
澄んだ眼差しと柔和な雰囲気、無駄のない所作から、この先生は
大学病院の上の方に違いない、と感じた私は「先生、もう最後まで
大学勤務で行かれるおつもりでしょうか?」と推測をもとに勇気を
出して聞いてみました。怪訝な反応をされるかも知れないので、
エイヤッ!という思いです。
(名札が裏返っていて勤務先や氏名が見えなかったのです)
R先生は笑いながら、私の質問に丁寧にお答え頂いたあと、続いて、
参考までにとの前置きがあって、興味深い話をして頂きました。
あらましは以下の通り。
R先生のご友人であり国内一流企業の社長の話しです。
ご友人は、国内一流企業創業家(父が社長)の嫡男として育ち、
若い頃、行く末は社長と決まっている宿命の中、海外の大企業
に修行に出ていたそうです。跡継ぎを外の世界に一度出して、
身内の世界とは違う文化で鍛えて、バランスの取れたリーダー
として迎えるということは良く聞くことです。海外の大企業で
順調にキャリアを重ねていた頃、突如、あろうことかその大企業
が倒産の危機に瀕する状況に陥ってしまいました。人が抜け、
周りが騒然と慌ただしくなっていく中、自分も脱出するしか
道はない、と思いを定めて、国内にいる祖父(会社の会長)に
胸の内を相談したところ、祖父はこう諭したそうです。
「これはチャンス、泥船にのっているということは又とないチャンス
だぞ。どうやったら泥船が沈んでいくのか、大企業が崩れて行く
のか?何が原因で沈むのか?最後まで見届けるチャンスだ。こんな
ケーススタディは滅多に出会えるものではない、最後の最後まで
その会社に居なさい。」
自分の居場所で学べることを先ず学びなさい。決して逃げ出し
てはいけない、という意味合いだったのでしょう。
逃げ出さずに全てを経験し尽くしたその嫡男は、日本に帰って
来られて社長を継ぎ、今では、立派に社長業を遂行なされている
そうです。
R先生はこの話をしたあと「逃げ出してはいけない。」と仰って
立ち去られました。
私は思いました。
どの様な状況でも、学びはあり、吸収できることがあり、今を
精一杯生きることが次に繋がることになるのだな、と。
思えば、私の仕事は、小さくは先生方の非常勤のお手伝い。
大きくは先生方の転職のお手伝いであったり、医療機関の採用
コンサルテーションです。先生方の人生の大事な分岐点でお会い
することも少なくはありません。
職場を変えようとする際、一番大事なことは、本当の動機です。
前向きな理由の転職は、プラスに作用することが多いのですが、
自分自身が今その場所から逃げるような転職は、あまりいい結果
に繋がらないことが多いのです。自分の本当の姿(心底の思い)
と向き合うのは厳しいことです。それこそ逃げたくなります。
仕事ではあっても、私は本音を言うことが多く、時折、余計な
ことは言わなくていいからいい条件を持って来てくれればいい、
と叱責されることもあります。時には、嫌われてメールも電話
も返って来なくなることもあります。
でも、それでいいと思っています。
先生方の人生を考えて、私のこれまでの経験値を全部、精一杯、
その先生の為にお伝えする。それだけです。自分の評価を恐れて、
本音をお伝えせず、行く末が見えているのに見えないふりをして、
仕事をする(稼ぐ)のは、誠実でないと思えます。
泥船のお話は“逃げない”というキーワードとともに、先生方に
もご自身の動機に逃げずに向き合って頂きたい、という思いと、
自分自信、弱い自分、穢い自分、嘘つきの自分に逃げずに向き
合わないといけない、という思いを後押ししてくれた気が致し
ました。
言うは易く行うは難しで、私は全く出来ているとは言えません。
妻には常日頃から言いたいことは何でも言ってくれと言っている
にも拘らず、先週末、妻に自分の性格の痛いところを一刺しされ、
激情にのまれて大声で罵ってしまいました。逃げないといっても、
実際は簡単なことでは無い状況ばっかりだと感じます。
でもそんな時、誰かひとりでも心から応援してくれたり支えて
くれる人がいれば、勇気をもって困難に立ち向かえるのではない
でしょうか。まだまだですが、仕事でも、プライベートでも、
できるなら、そういう傍に立てる人になりたいと思います。
それから、
R先生が立ち去って、忘れないうちにと聞いた話をメモしていた
ところ、足早にR先生が戻って来てくれました、名刺が見つかった
からとサッと渡して下さいました。名刺を見て顎が外れるかと思い
ました。有名な国立大学の麻酔科教授の先生でした。
R先生、本当に失礼な質問ばかりで申し訳ありませんでした。
そして、有難いお話を本当に有難うございました。